岩崎鬼剣舞公演+『究竟の地−岩崎鬼剣舞の一年』上映at花巻
11/26(土)夜。宮古から花巻の移動。花巻駅に着いたのは夜の8時頃。この日は沿岸部の宮古よりも内陸部の花巻の方が寒かった。駅の周りは暗く、がらんとしている。ホテルに向う途中、法政大学の岡村民夫先生から電話があった。岡村先生とは花巻の上映でトークを行なうことになっている。岡村先生も同じ頃に別のホテルに到着されたようなので、岡村先生お勧めの居酒屋「早池峰」で待ち合わせる。
私と加瀬さんが予約したホテルは「通天閣」という格安ホテル。花巻で「通天閣」という名前の時点でかなり怪しいものだが、これがなかなかキワモノだった。行ってみると「通天閣」という焼肉屋が1階で、上の階をホテルにしているらしい。焼肉屋が本業でホテルがついでみたいな感じ。共同風呂のシャワーのお湯の出が悪く、部屋は暖房がなくて、電気ストーブがあるだけ。凍えそうな部屋でした。夏と冬はお勧めしません。
何はともあれチェックインを済ませて、「早池峰」で岡村先生と合流する。駅前は暗く静かだったが、この辺りはネオン街になっていて賑わっていた。地方都市は大体駅前が閑散としていて、盛り場は少し離れたところにある。「早池峰」は郷土料理の居酒屋で、岡村先生はよく宮沢賢治学会の集まりの後に利用されると聞いた。大変おいしかった。岡村民夫さんは宮沢賢治、柳田国男の研究者でもあり、温泉文化にも詳しく、また映像にも造詣が深い。鉛温泉と「なめとこ山の熊」、宮澤商店と花巻、鉄道、産業、種山が原、鹿踊のはじまり、柳田国男のスイス滞在、黒沢清の「アカルイミライ」と宮沢賢治の近接性など、話の広がりは尽きず、有意義な時間だった。こんなライブ感でトークができたらおもしろいのになぁ、などと思ったりもした。
翌日11/27(日)朝、花巻から新花巻へ電車に乗る。イーハトーブセンターは新花巻の方が近い。東北本線ではなく、釜石に向う2時間に1本くらいしかでない電車に乗る。紅葉の美しい静かな山合いの中にイーハトーブセンターや宮沢賢治記念館がある。おばぁさんたちが落ち葉清掃をしていて、のどかな光景。
イーハトーブセンター長の小原敏男さん、職員で宮沢賢治の弟清六さんのお孫さんの宮澤明裕さんにご挨拶をする。今回はイートーブセンター主催で上映が行なわれ、上映前に岩崎鬼剣舞の公演、上演後に「農民芸術を撮る」というタイトルで私と岡村民夫さんとのトークを行なう。花巻は前日までかなり天気が荒れていたのだが、この日に合わせてくれたかのような気持のいい秋晴れになった。鬼剣舞の公演も野外で出来る。やはり地面を踏みしめてこその鬼剣舞だ。
技術担当の宮澤明裕さんと会場で映写チェックを行なう。プロジェクターが古く、赤みの強さとシャープネスの緩さ、ゴーストが気になる。ポジションに無理があるせいで、縦横の比率が微妙にずれているなどの問題点があった。映画はどうしてもその場所場所の映写環境に左右されてしまう。何とか宮澤さんと設定などを試行錯誤して、何とか出来る限りの改善は出来た。こういう試行錯誤もまた上映活動の面白いところである。
12時頃には岩崎鬼剣舞保存会のメンバーが到着した。踊る場所を確認してもらった。丁度センターまでの下り坂の広く長い階段でお客さんに座ってみてもらい、センターの前の広場で踊ってもらう。周りは紅葉の森。素晴らしいロケーションだ。ちょっと踊り場が狭いかな、と思ったが、問題ない、と言ってくれる。お囃子方の立ち位置も決める。いつもながら場に応じて柔軟に対応してくれる。
お囃子方の座布団を敷いていると、センターの周りにいる野良猫が座布団の上に座って離れない。気持がいいのだろう。職員が離そうとしても爪を立ててなかなか離れようとしない。やっとこさ離れる。この猫、人が来ても全然逃げない。人慣れしてる。といってなつくわけでもない。つかず離れず、いかにも猫らしい。宮沢賢治と猫。どんぐりと山猫、注文の多い料理店などを思い出す。
人も結構集まって来た。70人くらい。前日も上映のみやっていたのだが、合わせて100人くらい。まずまずの入り。
午後1時。通り囃子とともに岩崎鬼剣舞のお囃子方、踊り手のメンバーが登場する。踊り手8人が扇を前に出てかがみ、定位置につく。太鼓の音が響き始める。笛の甲高いメロディーが響き始める。どんどん昂揚感が押し寄せてくる。
最初の演目は一番庭。念仏を唱え、扇を内に払いながら体の浮き沈み、反転を17回繰り返す。鬼剣舞は勇壮で激しい踊りだが、この動作はとても優美で祈りの静寂さと緊張感が伝わってくる。鬼剣舞はやはり祈りの舞なんだな、と痛感する。踊り手たちの気持がびりびり伝わってくる。映画の上映に踊ってもらえるなんて凄く光栄だったし、特別な感慨深い気持になった。踊りは踊り手たちの気持だけではなく、受け手の気持によっても変わる。葬儀であったり、結婚式であったり、年祝いであったり、集落のお祭りであったり、そこに置かれた人によって、踊りの意味合い、踊り自身は変容する。そういうあり方に民俗芸能の強さを感じる。
この日の演目は一番庭、一人加護、刀狂い、膳舞、八人加護。ある意味フルコースとも言える豪華なラインナップ。お客さんにも満足してもらえたと思う。
公演を終え、お客さんたちがホールに入っていく、いよいよ上映である。花巻の人にとっても鬼剣舞というのはわりと身近なんだと思う。公演もだが、上映の反応もとてもダイレクトでいい。笑い声や歓声なども起こる。ある種、お客さんの醸し出す雰囲気が映画というもののライブ感を作り出していくのだと思う。最後までとてもいい反応だった。
上映を終え、岡村民夫さんとのトークが始まる。宮沢賢治学会・イーハトーブセンター主催、ということで、宮沢賢治にフォーカスを当てつつこの作品について語って頂いた。『究竟の地』のタイトルは宮沢賢治の『農民芸術概論』のなかの一節「究竟地」から取っている。『農民芸術概論』で宮沢賢治が掲げた理想。それはある種モダニズム的な感性から語られつつ、一方でモダニズム的な価値観を批判する、自己矛盾的な性質を帯びているのだが、農民芸術概論の考え方は、ゼロから賢治が生み出したのではなく、そういう思想が潜在的に発生する感性の土壌がすでにこの地にあって、ある種岩崎鬼剣舞の、生活と芸能のあり方が、その理想を体現しているかのように思える。宮沢賢治もまた、この土地が潜在的に持っていた感性の土壌から生まれたのだと思う。上映を開催する場所やイベントのテーマによって、映画に当てられる光の方向が変わり、映画自体が持っている意味や力を拡張してくれる。これが上映活動の意義、魅力なのかも知れない。
イベントも無事に終わる。小原敏男さん、宮澤明裕さん、岡村民夫さん、そして会場のスタッフの方々にお礼を言う。本当はこのまま皆さんと飲みに行きたかったが、やはり何よりも岩崎鬼剣舞の人たちにお礼を言いたい。鬼剣舞の人たちは先に北上の岩崎に戻り、いつものように剣舞会館で反省会(=飲み会)を行なっているのでそちらに合流する。
剣舞会館に着くとすでに宴たけなわ。庭元も来ていた。庭元は別の用事があってイーハトーブセンターでの公演には来れなかったので、ここで再会になった。庭元はロジカル、というよりは勘のいい、感覚的な人。早口で時事も交えながら考え、思想を弾丸のように語る。ほんとうに凄い人だなと思う。私は慣れていたが、同行していた宣伝の加瀬さんは圧倒されていた。加瀬さんもようやくこの洗礼を受けたわけだ。初めて撮影で岩崎に来たのは4,5年前。いつもと変わらない光景が目の前で繰り返されていたが、かつて若手だった踊り手たちは、今はとても頼もしく、責任感と自信に満ちているように感じた。翔南高校を卒業した若手の踊り手たちも新たに踊り組に加わり、世代のバトンは確実に受け継がれているな、と感じる。それでも2年3年、5年10年先を考えると、やはり大変だ。いつもギリギリの中で何とか伝統芸能を、今を生きる芸能として維持していってるように感じる。鬼剣舞を愛してやまない彼らの心、そして、その芸能を中心に絆を深めている地域の共同体。そんな彼らの存在こそが、やはりこの映画、そして上映活動の原点だと改めて痛感させられた。そのことを決して忘れず、今後の上映活動にまた邁進していきたいと思う。